素数分布論において重要な結果である算術級数の素数定理について調べていきます。算術級数の素数定理自体はすでに証明されているのですが、等差数列中の素数分布についてより深く調べていくと双子素数予想などとも関係が深いことがわかります。今回は等差数列中の素数の個数に関する話題を証明なしで紹介します。
- 参考文献
- 算術級数の素数定理とその誤差項
- Siegel-Walfiszの定理とGRH
- Brun-Titchmarshの定理
- 平均誤差とBombieri-Vinogradovの定理
- Montgomeryの予想
- おわりに
参考文献
(1) Multiplicative Number Theory (Graduate Texts in Mathematics 74)(2) 解析的整数論〈1〉素数分布論 (朝倉数学大系)
(3) Levels of distribution and the affine sieve
等差数列中の素数に関するSurvey論文
算術級数の素数定理とその誤差項
等差数列中の素数に関する基本事項を紹介します。なる自然数 に対して
\begin{align}
\pi (x;q,a) := \sum_{\substack{p\le x \\ p \equiv a \pmod{q}}}1
\end{align}と定めます。ただし右辺の和は素数 に渡って走ります。
でEulerのトーシェント関数、を
\begin{align}
\mathrm{Li} (x)=\int_2^{x}\frac{dt}{\log t}
\end{align}と置きます。算術級数の素数定理とは次のような素数定理の類似です。
任意の に対し ならば
\pi (x;q,a)=\frac{\mathrm{Li} (x)}{\varphi (x)} (1+o(1)) \quad (x\to \infty )
\end{align}
算術級数の素数定理の誤差項 を
E(x;q,a):= \pi (x;q,a)-\frac{\mathrm{Li}(x)}{\varphi (q)}
\end{align}
E(x;q,a )=o(\mathrm{Li(x)}) \quad (x\to \infty)
\end{align}
この関数 のより鋭い評価をあたえようというのは素数分布論の主題のひとつであって、実際に上述の評価よりもっと鋭い評価が得られています。
に対して
E(x;q,a) \ll x \; \mathrm{exp} (-c_q \sqrt{\log x})
\end{align}
さて、ここまでは素数定理と大体同じように話がすすむのですが法 に関する誤差項の一様な評価を求めるなら難易度がグッと上がります。
を調べて分かったことを何か他のことに応用するとき、いくつかの法 に対する 及び を一度に扱わなければならないことがあります。そのような状況で法 に関して一様な評価が得られているととても便利です。
Siegel-Walfiszの定理とGRH
の一様な評価について、が と比較してある程度小さいときには次のような定理が知られています。任意の に対してある定数 が存在して
E(x;q,a) \ll x\; \mathrm{exp}(-c_A \sqrt{\log x})
\end{align}
のテイラー展開から簡単に任意の に対して
\mathrm{exp}(c_A \sqrt{\log x}) \gg_A (\log x)^{A+B} \ge q (\log x)^B
\end{align}
\begin{align}
E(x;q,a) \ll_A \frac{x}{q(\log x)^B}
\end{align}が同じ範囲で成立することが言えます。この形で出てくることも多いです。ただ扱える が と比較してかなり小さいので少々応用が限られるようです。
算術級数の素数定理を証明するためによく知られている方法がDirichletのL関数を用いた方法です。特にL関数の零点分布が非常に重要でSiegel-Walfiszの定理もL関数の零点分布に関するある定理から従います。
L関数の零点分布に対しては大きな未解決予想「一般化されたリーマン予想(GRH)」があります。これはすべてのDirichlet L関数の非自明零点は実部が1/2だろうという予想ですが、この予想から に関して次が言えます。
GRHを仮定すると
E(x;q,a) \ll x^{1/2}(\log x)^2
\end{align}
ただしGRH下での上の評価は が を満たすくらい大きければ、と合わせて自明に成り立つことがわかります。したがってGRH下での上記の評価は くらいのときに強い評価を与えています。
Brun-Titchmarshの定理
上述の結果はかなり精密な漸近公式について調べていました。Siegel-Walfitzの定理から少し計算をすると なら漸近公式\begin{align}
\pi (x;q,a)=\frac{x}{\varphi (q)\log x}(1+o(1))
\end{align}が成立すると言い換えることができます。これはとても精密な の評価ですが の範囲はそれほど広くありません。そこで評価を荒くして の上界だけに的を絞ることで の範囲をもっと広くとることを考えてみると次が成立します。
のとき
\begin{align}
\pi (x;q,a) \le \frac{2x}{\varphi (q)\log (x/q)}
\end{align}が成立。
もちろん を固定した場合は算術級数の素数定理の方が良い評価をあたえますが、Brun-Titchmarshの定理は多くの法 を一度に扱えることが特徴です。
平均誤差とBombieri-Vinogradovの定理
GRHがかなり鋭い評価を与えるとは言ったものの、GRHを証明することはまだまだ難しいところ。こういうとき平均値を考えることで応用上は十分な結果を導くことができることがあります。平均と言ってもいろいろありますが、ここでは単純に誤差項の和に関する性質を考えたいと思います。は後で定めるとして誤差項の和
\begin{align}
\sum_{q\le Q} \max_{(q,a)=1} |E(x;q,a)|
\end{align}を考えます。GRHを仮定すると先の定理から任意の に対して と置けば容易に
\sum_{q\le Q} \max_{(q,a)=1} |E(x;q,a)| \ll \frac{x}{(\log x)^A}
\end{align}
任意の に対してある定数 が存在して に対して
\sum_{q\le Q} \max_{(q,a)=1} |E(x;q,a)| \ll \frac{x}{(\log x)^A}
\end{align}
これは本当に驚くべき結果で、応用上GRHを回避することができる可能性を示唆しています。たとえばJames Maynard(2015)によって証明された
\begin{align}
\liminf_{n\to \infty} (p_{n+1}-p_n) \le 600
\end{align}という結果はBombieri-Vinogradovの定理から証明されました。ただし は昇順に並べたときの 番目の素数を表しています。
GRHは個別の に対する の評価の一つの目標地点と言えますが、平均誤差に関してはGRHを超えた目標が与えられています。
に対して素数が分布レベル を持つとは、任意の に対し
\sum_{q\le Q} \max_{(q,a)=1} |E(x;q,a)| \ll \frac{x}{(\log x)^A}
\end{align}
任意の に対して素数は分布レベル を持つ。
実は素数の分布レベルは (は任意の数)にはなりえないことが証明されています*1。したがってElliott-Halberstam予想は誤差の平均値に関する究極の予想であるといえます。
Montgomeryの予想
最後にMontgomeryの予想を紹介します。任意の に対して
\begin{align}
\pi (x;q,a)=\frac{\mathrm{Li}(x)}{\varphi (q)}+O\Big{(}\frac{x^{1/2+\varepsilon}}{q^{1/2}}\Big{)}
\end{align}が成立。
Montgomery予想を仮定すればElliott-Halberstam予想は容易に導くことができますが、ここまでくるともはや夢のまた夢って感じでしょうか。
おわりに
算術級数の素数定理に関連する話題は現在も活発に研究されています。どれも非常に重要な定理で、様々なところで応用されているのでぜひ勉強してみてください。いずれ各定理の証明を記事にしたいと思います。